名将 大谷刑部/南原幹雄

 

  • 一般3冊目。読みやすくて面白かった!寺の小僧だった平馬(大谷)と佐吉(三成)が、たまたま宿泊した秀吉にお茶を出し、家来に召し抱えられて奉行まで上り詰め、関ヶ原に行く着くまで。軸は、武闘派武将として生きたいと願いながらも、賢さと性格から行政派として生きる成り行きになってしまった大谷が、病魔・三成との友情にも押されて、最後に関ヶ原で思い切り合戦する話、という流れでしょうか。この小説での大谷は辛抱強く思慮深く、武闘派からも行政派からも人望厚く、秀吉からも家康からも可愛がられているというなかなかによく出来た男として描かれてます。アクセントとして、側室の千絵・正妻の高姫との濡れ場が多いことかなw
  • 三成との会話、言い争いは、本当に仲が良かったんだなあ支え合ってきたんだなあというのがわかるシーンが多くて嬉しい。
  • 刑部の言葉遣いがきれいでいいなあと思ったでござります。
  • 有名な膿のお茶の逸話は、朝鮮出兵の前の作戦会議で、秀吉・増田・大谷・三成の茶会、ということになってた。
  • 後半がちょっと駆け足?刑部が職を辞し、秀吉が死んだあとゆるゆると徳川優勢に傾いていく流れがこわかったなー。対抗すべき(五大老・)五奉行の中に刑部が残っていたらまた違ったのかな、という気がした。

「今日の治部は日ごろと見ちがえるような物腰のやわらかさだ。普段もこのようであれば、ずっと評判がよくなる。人気があがるぞ」
 と刑部は言った。
 これには秀吉政権随一の頭脳明晰をほこる三成も言葉につまって、一言もなかった。
「おれはそれほど不人気か」
 三成は衝撃をうけたが、そう反問した。
「治部ほどの利口者も自分のこととなると、とんとわからぬものか」
 刑部もあきれてこたえた。
「人気者とはおもわなんだが、それほどに言われるとは思っていなかった。それに役目柄、人にいい顔ばかり見せていたら仕事にならぬ。憎まれ役も必要なのではないか」
 三成は憮然とした。
「治部の仕事と役目はわからぬではないが、それにしても治部は頭が高い。それだけ頭が高くては人に嫌われて当然だ。それが命取りになってはもったいないではないか」
 刑部だからこそ、三成にこれだけのことが言える。

「刑部がぬけたら、おれはやっていかれぬ。ほかの者とはなかなかうまくやれないのだ」
「そんなことでは、治部が将来困ることになる。誰とでもいっしょにやっていけなくては、奉行はつとまらぬ」
「それは言われなくてもわかっている。おいおいなしていこう」
 三成は照れ笑いを見せて言った。
「おれもしばらくは頑張ろうかと思う」
「しばらくとは、どのあたりまでだ」
「まあ唐入りの目安がつくところまでかな」
「刑部、そんなわけにはいかぬぞ。刑部は上様が手ばなさぬ。これからますます刑部のような文武ともにわきまえた武将が必要とされる」
「治部、有難いことを言ってくれるな。おれはみながもう要らぬと言うまで頑張ってみようという気がある」
「それがいい。それが人間の生きる道だ」
「治部も体に気をつけろよ。あまりな多忙は病魔につけこまれやすい」
 刑部は三成とはなしているあいだに他人の体に気をつかうまでの余裕が生まれた。
「わかっている。刑部もできるだけ養生しろよ。おれをおいて先に死ぬな。おれがこまる」
 三成が三成らしからぬことを口にした。その言葉が刑部の脳裡にのこった。

(どのような処置も恥辱もあまんじてうけよう)
 刑部はそう覚悟した。そのとき、
「一服いただきまする」
 三成の明快な声がひびいた。
 三成は手にした碗を口に近づけ、ためらいなくがぶりと飲んだ。
 それは実に小気味のよい飲み方だった。三成が碗の中に膿のおちていることを知らぬわけがない。三成はそ知らぬ顔で飲んでから、懐紙で飲み口をふいて、詰(末客)の増田へまわした。
 刑部はほっとするとともに、悔恨とも何とも言えぬ感動につきあげられた。
(治部、相すまぬ。かたじけない……)
 三成のおかげで、刑部は急場をすくわれたのだ。(中略)
(治部は何というやつだ。おれは治部にたすけられた)
 感動の気持ちはいつまでもおさまらなかった。
 詰の増田としては、もう飲むしかない。もしここで飲まなければ、刑部と三成にたいして礼をうしなうことになる。秀吉にたいしても同様である。
(中略)
(治部がこれほどの男であったとは……)
 二十年近くの付き合いでありながら、刑部は三成の真価を知らなかったような気がした。刑部はそれは自分の不徳だとおもった。
 やがて、茶会は終わった。(中略)
「治部のおかげでたすかった。礼の言いようもない」
 かえりぎわに刑部は言った。
「なに、刑部とは二十年来の友だ。それくらいのことはするさ」
 三成は澄ましてこたえた。
「いや、なかなかできることではない。恩に着るぞ、感謝のきわみだ」
 またあついものがこみあげてきて、刑部は言った。
「昔、刑部に茶のもてなし方をおそわった。気になるなら、その礼とおもってくれればいい。おれの人生はあそこからはじまったのだ」
 おもいがけぬことを三成は口にした。