砂の器 最終楽章後編(3/28)

わーわーわー。涙で前が見えません。えぐっ。和賀、がんばったね。大畑での村八分、母の死、父の逮捕、亀嵩での虐め、長崎の水害、宿命に傷つけられ続けた幼児期だけど、結局最後はその自分に戻ることでしか救われなかった。自分が自分であること、すべてそこに戻っていく過程がひたすら描かれていた最終楽章。亀嵩を出てからの秀夫はあまり描かれてなかったけど、あの心を開いた友達の死に直面して「入れ替わろう」と決心した幼いあのこの決意が胸に迫りました。
医療刑務所でお父ちゃんの顔を見て、個室に入ったとたんにダダ泣きの和賀さんに涙。親子がただもう一緒に、ひとつところに居るだけで泣けてくる。やっぱりお父ちゃんは秀夫の人生を考えて「知らねえ!」って中西刑事を突っぱねてたんだね。秀夫は、そんな父ちゃんの前に出るのに自分が「本浦秀夫」でなく「たけし」ですらない「和賀英良」なのがたまらなく父に合わす顔がなかったのかもしれない。
「あなたが憎かった…あなたの息子に生まれてきたのが嫌だった。本浦秀夫を消したかった…、だから、三木さんを殺してしまいました…っ、殺してしまいました…」
お父ちゃんに告白して、それでも千代吉はそうか…と言って腕を伸ばしてくれて、そのとき和賀の中では色んなことが弾けたに違いない。きっと、赦された、と感じただろう。救われただろう。後悔や懺悔なんかとっくにしていたんだから。ただ、中居さんが「おとうちゃーん!」と叫んだとこでババッと涙が引っ込んだ(笑)。私もまだまだだな。

宿命とは、生まれてきたこと、
生きているということである

ちゃんと救われて、罪も償う。素晴らしい最終回でした。真ん中数回はいらなかった感もありますが、最終的には原作を和賀視点から描く、というドラマ砂の器は成功していたと思います。私の特技は都合の悪いこと(間の中だるみ/登場人物の描き不足)は忘れること、自分が集中したい部分(宿命と贖罪。父子の関係)だけに意識を向けること。