空の中/有川浩 ★★★

空の中

空の中

満を持して試験飛行に臨んだ、国産民間テスト機「スワローテイル」。二万メートルまでの実験飛行に向かった、航空自衛隊のF15J(イーグル)。それぞれが「空の中」で謎の爆発事故を起こし、各機の乗員が死亡する。イーグルで死んだ三尉の息子・斉木瞬は、時を同じくして土佐の海辺で奇妙な「生き物」を拾っていた。また、貴重な試験機を失った航空機メーカーの担当者・春名高巳は、イーグルで生き残った空自パイロット・武田光稀とともに事故の原因を探るべく空へと飛び立つ。そこには、ひとつの市に匹敵する巨大さで人の言葉と思考を理解する生物がいた……やがて彼は「白鯨」と呼ばれるようになる。人類と白鯨の共存は叶うのか?

  • あとがきによると、ラピュタの、嵐の中の雲から空中城が姿を現わすシーンでわくわくしてこんな話を書きたい!と思ったのがきっかけだそう。私もあの場面だいすき!有川さん曰く、「怪獣物と青春物足しっぱなしで空自で和えてる」という物語。
  • 元は「単一」だった白鯨がミサイル攻撃によって無数の私と私と私と私と私と私と(以下略)私の独自の意識を持った「他」になったあとの描写(押し問答)が興味深かった。これはアイデンティティの問題、自己と他者の問題、集団の問題、いろんなことを思い起こさせる。なるほど、「集団」という概念を持たないとこういうことになるんだなー。しかしそれを多重人格になぞらえて解決をはかる、という筋書きはちょっと弱かったかなーと。
  • その白鯨との粘り強い交渉に当たった高巳はほんといい男だな。一見軽くて、口がうまくて、航空機への情熱も持っていて、作中であんまりつまずかないのでつまんないくらいに出来た男。
  • そして宮じいはかっこよすぎる…!
  • 有川さんの作品は、子どもは失敗して恥をかけ、大人は毅然として事態を収拾すべし、という傾向があるように思う。
  • 幼いフェイクが瞬のために白鯨に向かっていくシーンには胸がきゅうっとなった。実家の猫が逃げ出していまだに戻ってこず、今日は雨がしとしと、あのこは濡れたりケガしたり酷い目に遭っていないだろうか、そう心配する心地にとてもよく似ている。
  • 人間というのは実に矛盾だらけ、ややこしい生物だ。こうして人外の相手に説明する描写でそれが種として明らかになり、思い悩む少年を通して個としても明らかになる。あーほんと宮じいが言うように業が深いぜよ。
  • 温和な白鯨は、人間と同じ過ちをいたずらに選ぶことはなくって、そこでもまた人間ってやつわ…とせつなくなる。