藍より甘く/一穂ミチ

夜景、港町、観覧車。完璧すぎるロケーションで入江暁行は「好き」と告げられた。三年間も友達として側にいた柘植遙から。実家が藍を作っていて、爪の先をいつも青く染めている遙。笑うと寂しげな顔が明るくなる遙。男なんて絶対ありえない、でも居心地いい彼の隣は手放したくない。誰にも言えない困惑を、暁行はブログに綴ることにするが……。

初読み作家さん。すごーく評判がいいので読んでみました。確かによかった。何箇所かクリティカルな表現があって、非常に真面目で、いい本だったと思います。特に、相手のことを「いいなー」と思う瞬間や事柄の描き方が好き。なんでもないことなんだけど、確かにわかるわかる、と頷ける感じなのです。それにしてもこの攻(暁行)は単純だな…まあそこが可愛らしいとこでもあるんだけど。好きって言われたら超気になっちゃうのは真理だと思う。そこで性差を越えるかどうかってのが、BLと現実の違いだったりするのかなあ。

「……あの状況で、『追え』って言ったお前を、俺は尊敬する」
 それだけ、じゃあなとエントランスに踏み出すと背中に向かって「バカ」と言われた。
「口だけなら、何とでも言えるんだよ」
 暁行は振り返らなかった。振り向いたらいけない、と思った。振り向いて、もし遙が泣き出しそうな顔なんかしていたら(見たことないけど)その手を取ってしまうかもしれない。
「……お前もバカだ」
 テンキーの暗証番号を打ち込みながらつぶやいた。言うだけなら何とでも、言葉だけでならどんな善人にもなれる、それくらい分かってる。
 自分の感情を押し殺して「追え」と言ったこと、それが虚勢だったと自ら言ってしまうこと、そういう遙を、遙の心を、尊いと思った。

 ふと「何でみんな告白するんでしょう」と尋ねた。
 ──どういうこと?
 ──だって、黙ってさえいれば、会話して、一緒にご飯食べて、遊びに行って、普通の関係はキープできるのに、言って玉砕したら何もかも壊れるじゃないですか。毎日の幸せを担保にして賭けに出るのってすごくこわいのに、みんな、こわいの我慢して告白するんですか。そういうもんなんですか。
 ──当たり前だよ。
 どうせ臆病だなあとか笑い飛ばされるだろうと思っていたのに、冷淡なほどの口調で言い切られた。
 ──誰だってそうなんだよ。でも、好きになったのは自分なんだから、かけた梯子は自分で上るか外すかしなきゃ。
 その言葉は、お告げか何かみたいに力強く響いた。