いくつかの太陽/若木未生


再読、シリーズ5作目。前回の最後で発覚した、テンブランクのアルバムの一曲とオーヴァークロームの新曲がメロディ似てる曲になってる件を巡る話。恋愛の話と音楽の話が同時進行でヒリヒリと進むのでなかなか面白い巻です。桐哉が盗作したんじゃないか、って疑いも最後にはちゃんと落ち着くとこに落ち着くのでうまくできてる。朱音がぐるぐるしつつもダメなとこもいいとこも描いてあるので可愛いし、先生の奥底のコワイ部分も出てきて、結局桐哉がおいしいとこ持ってくという。坂本の気持ちもバレるわけだけど、坂本相手だと朱音が男前でいいです。今までのシリーズの中では特に感覚的に書かれてるっぽい感じがする一冊。

「あのねえ……朱音ちゃん、俺の中にはねえ、ヘンな生き物があって……俺の音のどこを盗めるのか、みんなが何をフジタニのものだと思うのか……そんなの誰にもわかりっこないよ、我がもの顔で自分のワザにしたつもりでも無理だよ俺に殺されるだけだよって凄くね、笑っちゃう俺があるの。本気になってね、叩き殺しに行く俺があるの。俺の中に。こんな遠い場所にまで自力で来れるなら、誰でもいいから登ってきてごらん誰もできやしないくせにって、本気で、坂道の上のほうから見おろしてる俺がいるの。そういうことを考えてる俺は凄く独りで気が狂ってる感じがするんだけど……。でも今だって俺は書けるよ、井鷺さんの知ってる俺なんか全部俺の卒業したものばかりで、勘違いだらけで、今いちばん強い力を持ってる曲はこういうものだよって現物がね、もう頭に浮かぶから、書けるんだよ、いくらでも。それを俺は世界中に聴かしてやりたいの。誰も彼も殺してやりたい。俺のせいで誰がどうなっても」
「…………」
「怖いよね」
 ぽつんと最後に藤谷さんが言った。
 少し笑うみたいに下を向いてた。
 あたしはじっと黙ってそれを見てた。
 それがあたしの役目みたいにして、ずっと眼をあけて見てた。
(先生。残り、あと一曲だから)
 そんなこと考えてた。
 ここで考えることじゃないかもしれないのに、ぼんやり、頭の霧の内側で考えてた。
(あと一曲だけなんだから)
(録ろうよ)
 みんなで一緒に、四人で。
 歌ったらきっと楽しい。
 ね。
 そうだよね。
 あたしはそれだけでいいんです。
 それっきりでいいんだよ。
(だからだれかのためにかなしくなったりしていないでね)
 先生がどんなに桐哉のことを好きでも。井鷺さんを今でもどれだけ好きでも。藤谷さんが勝つのをやめるのは、できないよ。
 できないよ。
(あたしたちがここにいるからね)
 初めて先生を、とても心の底から、かわいそうだと思った。
 たすけてあげることはできないと思った。

「──凄く馬鹿なことをした」
 そこで急に小さい、坂本のひとりで言うのが聞こえた。
 声。
 ばらばらと頭の上の屋根で雨の音がして、それに混じって遠くで。
 ひとりごとだった。
 一緒に立ちどまってた。
 肩で息をしてた。
「凄く馬鹿なことした」
 こっちをふりむかないで、くりかえしてた。
 どんなふうに何を、言ったらいいか考えつかなかった。
 背中の後ろで耳がおかしくなりそうにうるさい雨の本降りが、滝みたいに落ちて、始まってた。
(──このひとあたしのことを好きだ)
 突然わかった。
 そのとき初めて、電気みたいにいきなり、そのことがわかった。