仁将 小説大谷吉継/野村敏雄

一般7冊目。この小説の吉継はとっても地味w等身大の若者って感じ。大それた野望もなく、ひらめきによる功績もなく、秀吉からも「一生懸命働く律義者」という評価。それはそれで前半は親近感を持って読めたのだけど、後半の関ヶ原加勢部分とのギャップが大きすぎて。何を考えて、どう生きたのか、三成との関わりにおいても、少し物足りない部分は残る。あまりに展望がない。茶会は、秀吉が引退した吉継の屋敷に訪ねてきたときのことって設定。茶会の様子は一番納得がいく描写だった。あと三成がとっても切れ者に書かれててかっこいい。秀次を秀吉の命により切腹させたくだりの吉継の慰め(てないけど、)はよかった。あと、有馬の温泉のことがちょっとだけど書かれてて、そこの湯女が三成に惚れてたけどのちに吉継の主治医になる、という設定だった。


「上野にある真田の名胡桃城を、北条が奪ったのは知っているか」
「はい。敦賀を発つ前に、治部少から」
「早や報せがいったか。おんしら両人(ふたり)、まるで夫婦(めおと)のようやな」
 秀吉は別な笑い方をすると、
「これで北条退治の道筋が立った。(略)」

「終わった」
 三成がぽつりと言った。表情が穏やかになり怒りが消えていた。それから、また、
「終わった。吉継」
 そう言って吉継を見た。
「辛かったな」
 吉継はこたえた。もっと何か言ってやりたいが言葉が出なかった。
「帰るとしよう」
 三成はゆっくり立ち上がると、
「屋敷(ここ)へ来てよかった、吉継と話ができてよかった」
 はじめて静かな笑いを見せた。
 そこへ於兎が冷水を盆に乗せて、自分で奥まで持ってきた。三成は、折角だからと、座り直して一口飲むと帰っていった。
(中略)
「こたびは、三成様もご心労でした」
 於兎は扇を手にすると、夫に風を送った。
 吉継は言った。
「三成の才知が三成を不幸にする。見ているのがおれは辛い」
「────」
(略)
「上様は三成の才知を愛して、三成を愛されない。三成にはそれが判っていて、上様のためにすべてをなげうっている。こんどもそうだ。上様は三成の才を重宝して、関白様の過失を細かく探らせた。三成は上様の意中が何かを心得て、出来るかぎりの働きをした」
 酷い話だと自分でうなずき、吉継は飲み残しの冷水を口にした。
「事は上様の思い通りにはこんだ。上様はよろこばれたが、三成にはまた多くの敵ができた。誰もが三成の才知を認めているから、こんども三成が謀略を用いたと思っているだろう。何一つ、おのれに恥じることはしていないのに、憎まれるのはいつも三成だ。朝鮮の陣でもそうだった。悪いのはすべて三成だ。誰も三成を理解してやる者はいない」
大谷吉継がおりましょう。ここに」
 於兎が扇の手を休めずに微笑した。
「情けないかな、この大谷刑部は、何の力にもなってやれない」
 吉継は、自嘲のような笑いを笑った。

 下手に居並ぶ相伴衆の見て見ぬふりの目を、吉継はとっさに感じた。諸将の驚きと戸惑いを知ると、吉継は、客に不快な思いをさせたまま、茶会が打ち切られるのを覚悟して、茶碗を戻すことにした。このまま茶碗を回すわけにはいかない。
 吉継はゆっくりと茶碗を下に置き、一同に向かって詫びを言おうとした。が、それより一とき早く、隣席の三成が、
「刑部殿、喫茶はおすみか、失礼いたす」
 落ち着きはらってそう言うと、吉継の前にある茶碗を取ると、作法どおり口へ持っていき、そのまま余さず飲み干した。
 それとなく三成を無言で見ている相伴衆の眼の色が、複雑に変化した。
 三成は空になった井戸茶碗を前の方へずらせると、亭主の有楽に向かって言った。
「有楽殿、お点前を頼み入る」
 有楽が微かな笑みをたたえて、三成に会釈をかえした。
 吉継の中で小さな震えが起こっていた。
(何ということをしてくれるのだ)
 怒りにも似た三成への感謝だった。