魔王/伊坂幸太郎

魔王

魔王

世の中の流れに立ち向かおうとした、兄弟の物語。政治家の映るテレビ画面の前で目を充血させ、必死に念を送る兄。山の中で一日中、呼吸だけを感じながら鳥の出現を待つ弟。人々の心をわしづかみにする若き政治家が日本に選択を迫る時、長い考察の果てに兄は答えを導き出し、弟の直観と呼応する。ファシズムに身をゆだねる快楽と、圧倒的強者に立ち向かう高揚。ひたひたと忍び寄る不穏と、青空を見上げる清々しさが共存する、圧倒的エンターテインメント。

★★★★☆ 伊坂さんは書く度に良くなっていくなあ!傑作!
表題作「魔王」は、腹話術という軽い超能力(他人に一言だけ、自分の念じたことを喋らせることができる。ただし30M圏内に居る人のみ)を持ったリーマン・安藤(兄)が、最近人気のあるムッソリーニを思わせる政治家・犬養とファシズム、そして大衆に立ち向かっていく話。「呼吸」はその後の話で、安藤潤也(弟)にはジャンケンに負けないというしょぼい超能力(正確には10分の1以上の確率なら勝てる能力)を得ていて、犬養は首相になっている。
荒唐無稽といえばそうだし、青臭いといえばそうだし理屈っぽいといえばそうだし、だけど印象的な言い回しやエピソードが物凄くたくさん!読み終わったあとしばらくぐるぐる考えてしまった。キャラ的にも兄の性格や考えすぎなところも好きな感じで、昨日じこう警察見たせいかおだじょの像を当てはめて楽しく読みました。「死神の精度(http://d.hatena.ne.jp/noraneko244/20051127#1133103172)」の千葉さんが登場したのも伊坂さんらしいサービス。
ここんとこの数作には唸らせられっぱなしです。私たち(正確には私)が薄々感じている不安を、世の中の状況を、こんなふうにちゃんとエンターテイメントした小説のかたちで描き出してくれるってすごい才能だ。それこそ作中に出てくる兄弟の能力に匹敵する武器だと思う。いちいち色んな表現が的確で参った。しかも様々な立場の意見や考え方を書いて、どれも否定してない。ファシズムが悪いとも断定できないように書いてるし、国民投票より身の回りのことを重要視する普通の人も否定してないし、立ち向かおうとした兄弟がはっきりと勝利するわけでもない。小泉政権郵政民営化が争点にさせられた選挙が現実にあって(伊坂さんもそういうのに触発されてこのテーマ性の強い題材で書かずにおれなかったのかな)、だからこの本の中のことはまったく絵空事じゃない。こわい、何もできない、わからない、だから思考停止、そんな自分をばかだと思う。自民党が圧勝して議席過半数が埋められて、色んな法律がいつのまにか通されていくんじゃないかと危惧するんだけど、実際には何もできない。そんな気持ちでいるときに、この兄弟の話はグッときた。先導されること、集団であること、今の日本の私たち若者が錯覚している世界、わずかな答えのヒントだけ覗かせて、明確な回答が示されないのがまたくるしい。答えなんて、ないのかもしれない。「魔王」私の中では直木賞です。


http://media.excite.co.jp/book/special/isaka/
“校庭を眺めつつ、手を挙げる”みたいな書き方
最近思い出すたびに泣いてしまうのが三谷幸喜さんの舞台を映画化した、「笑の大学」の1シーンなんです。稲垣吾郎さんが喜劇作家の役で、明日までに全部台本を書き直さなきゃいけないという状況になりますが、絶対間に合いそうもないのに、「でも僕は絶対できるはずなんだ。なぜなら今までもできたんだから」とか、確か、言うんですよ。なぜか、映画を観た時は、何も思わなかったのに、後で思い出すとその台詞に感動して。きっと、そんなふうに今まで積み重ねてきた努力とか経験をもとに、自分を信じようとしている人に憧れるんでしょうね。そういう人はやってできなかったときに、逃げないで周りのせいにしないで、自分で責任を取るんじゃないでしょうか。

http://books.yahoo.co.jp/interview/detail/31608523/01.html


印象的な文章をいくつか転載

考えろ、考えろマクガイバー

「戦場から帰ってきた兵士に『なぜ人を撃ったのか』と質問をした時、一番多い答えは何かというと」
「殺されないために?」
「俺もそう思ったんだけど、違いました。一番多いのは、その本によれば」
「よれば?」

新たな時代のマルクス
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴しく美しい構成に変えよ

諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか

             宮沢賢治

「この国の人間はさ、怒り続けたり、反対し続けるのが苦手なんだ」

「私を信用するな。よく、考えろ。そして、選択しろ」
おまえ達のやってることは検索で、思索ではない、とも言った。

ごきげんようおひさしぶり

ばななを抜いて伊坂さんが私の現時点お気に入り作家1位になったっぽいので、既刊をメモしておく

あっ本屋大賞にもノミネートされてる。2作。http://www.hontai.jp/ どうだろうなあ、容疑者Xは賞取れたし、伊坂さんか?ああでも東京タワーな気もする。