【 父帰る 】完レポ

河原雅彦演出、草なぎ剛主演でシアタートラムで公演された舞台の1本目、「父帰る」の観たままレポです。
千秋楽を迎えましたのでこちらにもアップ。

ト書きにあたる行動の説明部位の形容詞や助詞はあきらかに私個人の受けた印象に拠っています。
そしてもちろん公演自体も回によって差があると思います。舞台は生ものです。

だから、

※こんなふうに受け取らなかったひとももちろんいると思うので、そのことはご了承ください。
※あくまで私個人の観た舞台「父帰る」です。




父帰る レポ完全版◆

原作(http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/%7Ematsuoka/Kikuchi-father.html)を読んでからどうぞ





開演前。
舞台中央に明治を思わせる畳の居間。
緞帳などは下がっておらず、上部を白いスクリーンが覆うのみ。

中央に丸いちゃぶ台。白い布巾がかけてある食卓。
その向こうに4枚の白い障子。左右と奥に柱に支えられた青い瓦屋根。ところどころにオレンジの灯が下がっている。


客電落。

大きくなる音楽。人影が舞台左から登場し腰かける気配。



ゆっくり、慎ましやかな暖色のオレンジの灯火がともる。
小さな居間、頭上のランタン、静寂。夕餉の準備をする音だけがかすかに聞こえる地味な家庭。
賢一郎は向かって左の座布団にあぐらをかき、こっちを向いて新聞を読んでいる。
髪型は撫でつけた7・3、着物は落ち着いた黒紺。
広く出たでこにすっと刷いた眉。
新聞に目を落とすために俯き加減、着物の襟からかすかにうなじが覗き、妙に色っぽい。

客席で唾を飲む音も聞こえるんじゃないかというほどの静寂。
母が障子の向こう、舞台右側の台所で夕飯の支度、障子を開けて居間に入ってくる。

賢一郎「おたあさん、おたねはどこにいったの」
凄く低い、渋い第一声。イントネーションが独特でやわらかい。

おたねはもうすぐ嫁にいくため、お金を稼ごうと着物を納めにいってるらしい。
主にちゃぶ台の向かいに座った母の口から、おたねの現状や、出ていった父のことが話される。<詳しくは原作をお読み下さい>

賢は家長らしく落ち着いて、老いた母にやさしく相手をしながらも、父の話題のときは強張った顔であまり返事をしない。
ときどき手酌でおちょこに酒をつぎ、飲む。

父親がなくて苦労したから、嫁に行くときはできるだけお金をかけてやろうと妹思いな発言。
母「おまえの嫁も捜してもろうとんやけど、ええのがのうてのう。
  園田の娘ならええけど、少し向こうの方が格式が上やけにくれんかもそれんでな」
気まずそうに目をそらす賢一郎。
賢「まだ2,3年はええでしょう」
母「でもおたねをよそへやるとすると、ぜひにももらわないかん。それでかたがつくんやけに。
  おとうさんが出奔したときには子ども3人かかえてどうしようかと思ったもんやが…」
新聞に戻る賢一郎。


<弟・新次郎帰宅>

きびきび喋りてきぱき動く、溌剌とした印象の弟。
袴を脱いでたたみながら、この町で父らしき人を見た人がいるという噂を話してきかせる。
12,3年前にも岡山で羽振りのいい父の姿の目撃談。虎や動物を率いて興行をしていたらしい。<詳しくは原作を(略>
母はたぶん別人だろうと言う。帰ってきたのなら、この家にも来るはずだから、と。
賢「けどちょっととうさんはうちの敷居はまたげんやろう」
複雑な表情の賢一郎。帰ってくるはずがない、と諦めてるようにも見えてまだ余裕がある。
賢「おたあさん、おまんまを食べましょう」
話をそらそうと食事を促す。おまんま!

食事の用意をしに母が台所へ。
新「兄さん」
小声で呼んで、賢そうな笑みを浮かべた弟が兄に酒を注ぐ。
新「兄さんが覚えとるお父さんはどんな様子でしたか?」
母のいない食卓で、兄に並んで寄り添う弟。
賢「わしは覚えとらん」
賢一郎の声はやわらかい。仲いいんだろうな、と兄弟の関係を思わせる。
新「そんなことはないでしょう。兄さんは八つであったんやきに。僕だってぼんやり覚えとるに」
賢「わしは覚えとらん。昔は覚えとったけど、一生懸命忘れようとかかったきに」
新に背を向け、注いで貰った酒をあおる。


<妹・おたね帰宅>

ばたばたとこちらはけっこう騒々しい感じの歩き方。活発な子なのか。
同じく着物を畳み、台所の桶で手を洗いながら、外で家を覗いている背の高い男の人がいると話す。
顔を見合わせる賢・新・母。細かい目線の演技。
はっとして立ち上がり、右端の障子を開けて見に行く新次郎。
妹だけがおかしな居間の雰囲気にきょろきょろとして不安そう。
賢「……だれかおるかい」
声が緊張している。
新「いや…誰もおらん」


重苦しい空気の中、沈黙で食事が始まる。
舞台右前方、母の隣りでチンチンとかすかな音を立てて沸騰するやかんが緊迫感を煽る。嵐の前の静けさ、見事な演出。




<玄関の向こうから声>


父「ごめん!」
投げられた声、
凍りついたようなしばらくの間。

誰も返事をしないので惑ったように家族の顔を見回してから、仕方なく返事する妹。
たね「はい!」
男「おたかはおらんか」
母「……へえ!」
立ち上がった母が中央右の障子を開けると父の姿が。
瞬間、ちかちかっとお茶の間の上ランプの灯りがまたたく(たぶんいつもそうなので、計算された演出と思われ。照明技術も秀逸)

父母の会話を聞き、新二郎が中央左の障子を大きく開け放つ。父を迎え入れる準備。
弟妹は顔を見合わせ、脇によける。
父が居間に入ってきてちゃぶ台の右の座布団にあぐらをかく。
食い入るように、初めて見る父親を見つめる弟と妹。
賢一郎は背をのばした正座のまま強張り、目線を下に伏せて父を見ようとしない。
このときの剛の顔はすっとして、くっきり顔の輪郭の凹凸が照明に映え、見惚れる横顔。おとなのようなこどものような。

新「おとうさんですか?僕が新次郎です!」
父「おお、立派な男になったな、おまえと別れたときはまだろくに立てもせんかったが…」
たね「お父さん!わたしがたねです!」
おたねは泣き出さんばかりの必死の形相。
父「おなごだとは聞いとったが…ええ器量じゃなあ」(え?妹の方は顔も見ず、仕込んだままで出奔したの?)
父から言葉をかけられて、感激のあまり泣き出しそうに表情が歪む。

近況を話し合う母と父。<詳しくは原作を(略>

呉で見世物小屋が焼けて事業に失敗し、低落したらしい。父は精一杯虚勢を張って、明るく振舞ってるように思える。


ずっと喋らず、目も上げようとしない賢一郎に。
父「賢一郎、そのさかずきをひとつさしてくれんか。おとうさんも近頃はええ酒も飲めんでなあ。ん、おまえだけは顔に見覚えがあるわ」
賢一郎、ずっと畳の一点を見つめて硬直したまま、何かに耐えるように、やはり父の言葉には応えない。
気まずさを払拭するように父は新次郎に水を向ける。
父「新次郎、そしたらおまえが注いでくれ」
おちょこを父に渡し、隣りの賢一郎を気にしながらも酒を注ごうとする新二郎。

賢一郎が低く、やっと口を開く、
賢「やめとけ」
固まる居間。
感情を抑えた、振り絞るような賢の静かな声。
賢「さすわけはない」
母「なにを言うんや賢」
まだ目は逸らしたまま、正座を崩す賢。
目を見開いてそのさまを見つめる新次郎。
賢「わしたちにてておやがあるもんか。そんなもんがあるわけがない」
息を呑む一同。
弟は気遣うように父の顔を見、母は長男から目を離せずにいる。

賢一郎の積年の感情の吐露が始まる。それでもまだ父の顔は見ず、抑えた声音で続ける。
賢「わしたちにてておやがあったなら、八つのときに築港からおたあさんに手を引かれて身投げをせいでも済んどる。
  あのときおたあさんが誤って水の浅い所へ飛び込んだからこそ助かっておるんや」

<詳しくは原作を>

賢「新次郎、おまえは小学校のときに墨や紙を買えないで泣いていたのを忘れたのか」
横の弟を見て、少し賢の声が高くなる。
賢「わしたちにてておやがあるもんか、あればあんな苦労はしとりゃあせん!」

新「せやけど兄さん、おたあさんが、第一ああ折れ合っているんやきに、たいていのことは我慢してくれたらどうですか」
賢「おたあさんはおなごやきにどう思とるか知らんが」
新二郎や居間に背を向けて、賢一郎が舞台正面に座りなおす。
賢「わしにてておやがあるとしたらそれはわしのかたきじゃ」
あまりに激しい憎しみのため、荒い語気に飛ぶ唾。

<詳しくは原作を(略>


賢「いや、わしのてておやがいなくなったあとには、おたあさんがわしのためにあずけておいてくれた16円の貯金の通い帳まで
  なくなっておったもんじゃ!」
血を吐くような、賢一郎の叫び。
それでも食い下がる新二郎。
新「しかし兄さん…」
賢一郎の左後方からにじりよる弟に、振り返って賢一郎は叱りつける。<詳しくは原作を(略>
賢「わしはおまえがなんと言ってもてておやはない!」
一番に荒い語気。

勢いをつけて立ち上がる父、
父「賢一郎!おまえは生みの親に向かってようそんな口がきけるのう!」
賢一郎、初めて父の顔を正面から見る。睨みあげる。目に涙が見える気がする。
(終盤はここで父の顔を見ないように変更されてました)
賢「…………生みの親と言うのですか」
怒り。公演によってはここでうっすら笑ってさえいた。
賢「あなたが生んだ賢一郎は20年も前に築港で死んでいる。あなたは20年前に父親の権利を自ら捨てている!
  今のわしは自分で築きあげたわしじゃ…!!」
怒鳴る賢一郎、会場中に響く低い、やるせない声。
父から顔をそむけ、ぎゅうううっと着物の合わせの部分をつかむ賢。指が白くなるほど握って、感情を露わにつかんだ指を揺さぶる。
(ここも、終盤では着物をつかむ演出はなくなってました)
賢「わしは誰にだって世話になっておらん!!」


無言。母と妹の泣き声。



<父出ていこうとする><詳しくは原作を(略>


「お待ちまあせ!」と去る父に飛びついて引きとめようとする新二郎。
賢「新二郎!おまえはそのひとになんぞ世話になったことがあるのか!
  わしはまだその人からゲンコツのひとつやふたつ貰ったことはあるが、おまえは塵一つだって貰ってはいないぞ」
一喝して、弟を睨み上げる兄。
新二郎ははっとして何も言わない。

賢「おまえの小学校の月謝は誰が出したのだ、おまえは誰の養育を受けたのじゃ!
  おまえの月謝はわしのしがない給仕の月給から払ってやったのを忘れたのか。
  おまえやたねの本当のてておやはわしじゃ!!てておやの役目をしたのはわしじゃ!!」
長男が持ち出したお金の話し、そして自分こそが家長だという主張に父は衝撃を受けてよろける。

顔を上げ、再び弟を見上げる賢一郎。頬から、ぽたっと雫が落ちる。
少し静かな、抑えた声で、
賢「そのひとを世話したければするがええ。そのかわり、兄さんはおまえとは口をきかないぞ」
きかないぞ、で少し声が高くなり、若者らしく・兄らしくなる。父として威圧的ではなくて、兄として、の言葉のように聞こえる。
新「しかし…!」
自分を育ててくれた兄の前で、何も言えなくなってしまう弟。

賢一郎顔をそむけて、呟くように言う、さっきまでの勢いは消えている、
賢「わしはてておやがないために苦しんだけに、弟や妹にはその苦しみをさせまいと思うて夜も寝ないで艱難したけに、
  弟も妹も中学校は中学校は卒業させてある…」

父「もう何も言うな……」

肩を落とし居間を出ていく父。
大きくなる女子の泣き声。
新「あなたお金はあるのですか!晩のごはんもまだ食べとらんのじゃありませんか」
父「野垂れ死にするのに家はいらんからの…」
玄関に向かう廊下で、父がよろけて倒れる。駆け寄る新二郎。
居間の障子の奥にある土間?で急に気弱になった父が本音を吐露する。
自分の体ぐらいどうとでも始末はつく、三日門の前をうろついてなかなか家に入れなかった、
でもやっぱり帰ってくるべきじゃなかった、お金も無しに帰ってきたんじゃ誰からも馬鹿にされる 等等。<詳しくは原作を(略>

このシーン、舞台の前方から、
居間の左前方、定位置のまま動かない賢一郎、
障子の手前で向こうを向いて正座している母と妹、
障子の向こう、土間のこちらを向いて力なく座り込んでいる父、
その父の肩を背後から支えている新二郎、
遠近法で立体的な役者の配置、センター席からだと見応えのある画。

<父悄然と玄関を出ていく>

出て行きざま、新二郎が頭を撫でられていて余計にせつない。

すすり泣き。
父の去っていく玄関を見送って泣いていた母と妹が膝の向きを変え、この居間の支配者である賢一郎に懇願する。
母「賢一郎ー!」
妹「おにいさぁん!」
土間にいる新二郎も泣きながら兄を振り返るが、何も言わない。



長いようで短い逡巡。

静かに、兄が許しの言葉を搾り出す。泣き出すのを堪える、細く頼りない声。
賢「新…、行ってお父さん呼び戻してこい」
どたどたと駆け出す新二郎。
玄関から表に飛び出して、左の道を見、右の道へ走る。
必死の形相で居間に駆け戻り、
新「南の道を捜したが見えん!北の方を捜すから、兄さんも来てください!」
頑なだった背中に投げられた声。

ぐしゃりと表情を崩し、父を案じる息子に戻って、舞台正面を見たまま賢一郎は叫ぶ。
賢「なに見えん?!見えんことがあるもんか」
片膝をついてひらりと着物を翻し、立ち上がる賢一郎。
新二郎と二人で凄い勢いで玄関に向かう。


兄弟二人、狂気のごとく出で去る(原作より)


泣き崩れる母と妹。
この家族が修復していく希望の伺える涙。
落ちていく照明、大きく響く音楽。


障子に浮かび上がる「父帰る」のタイトル文字。



暗転。











【 終 】

引用・参考文献:「父帰る恩讐の彼方に 他七編」菊池寛著(旺文社文庫