【 父帰る/屋上の狂人】感想まとめ


まずは、【 父帰る 】について。


私的に、今まで見た剛の芝居の中で一番男前な役柄、そして声だった。生だって+αもあるかもしれないけど。


静かな、小さな、欠けた家族の居間。唾をごくりと飲む音も響くんじゃないかと思うくらい静な演目で、息を詰めて見入ってました。
シンプルな脚本で地味な題材をどう料理するのかと思ったら、至ってストレート勝負ですてきだった。奇をてらったりしていなくて好感度大。


好きな演出は、賢一郎が父に反駁し、それまでの正座を崩してあぐらを組む動作。たぶん昔の家庭では、食事時には家長にしかあぐらは許されていなかったんじゃないかな。帰ってきた父が胡座をかいてるのを前に、賢が足を崩す。「おまえなんか父親じゃない」「おれがこの家の大黒柱だ」って意思表示の表現に思えて、その反抗の明確な矛先に息を呑んだ。


罵るところで明らかに標準語なセリフがあって、感情が高ぶるあまり剛が喋ったのかと思ったけど、次の公演でも同様なセリフ回しだったのでそういう部分らしい。父が去ったときに賢一郎の頬から涙なのか汗なのか、一滴の雫がぽたっと落ちたのが遠目にも見れた。黄色いライトに光ってとてもきれいでした。
興奮したセリフの合間に鼻を親指で二度ほど掠めていて(徹子の部屋とか、他でもよくやってる剛のクセ)花粉症のせいもあるんだろうけどちょっとアレッと素に返った。あのしぐさを見るといつもなんとなく「江戸っ子や」と思ってしまう。
私はドラマとか演劇は、一箇所でもハッとさせられる部分・心に響く箇所があれば成功だと感じるクチで、今回の場合荒ぶる賢一郎の口調に確かにそれを受け取れたから満足です。
そして剛は一度も噛まなかった。少なくとも気にならなかった。素晴らしい。


居間と土間の間に障子があって、土間の向こうに玄関があって、奥行きのある舞台設置。残念だったのは、障子があるせいでサイド席からは土間での芝居が薄く視界を遮られてしまうこと。手を洗ってるところや、父が本音を漏らすところや、弟・新二郎が父を探すしぐさが見れないのは痛い。
とはいえ。
帰ってきた父が障子のこちら側の居間では虚勢を張って昔のままのかっこよく振る舞い、障子の向こうでは年を取って家族の元に帰ってきてしまった弱音を吐く。その切替えがとてもいい。老いて、うらぶれて、飯も食えず野垂れ死にそうな様子がもっと出ているともっと良かったのかな。私が感じ取れなかっただけかな。
ラスト、障子に「父帰る」とタイトル字が美しく映し出され、家庭の女性二人のすすり泣きのなか暗転。おしゃれ。このふたつの演出のための障子だと思えば許せる。



◆賢一郎の憎しみ

賢「わしにてておやがあるとしたらそれはわしのかたきじゃ」
ここからの賢一郎の長台詞が、私がこのお芝居で一番心を掴まれたところです。もう痛くて痛くて、言ってる賢自身も傷ついて、家族もみんな傷ついて、「女房と子ども三人の愛を合わしても、その女にかなわなかったのじゃ」で、賢が「愛」という言葉を使ったとたんにもうダメでした。
賢「いや、わしのてておやがいなくなったあとには、おたあさんがわしのためにあずけておいてくれた16円の貯金の通い帳までなくなっておったもんじゃ!」
血を吐くような、賢一郎の叫び。
パンフで剛が言っていた、尋常じゃない父への告発の仕方がここにある。確かに普通なら言えないことを、この短い間に賢一郎は何個暴いただろう。

「築港に身投げをしたこと」<弟や妹も一緒だろうか?置いていったにしてもどちらでもやるせない。
「父が出奔したあと、母が父の恨み言ばかり言っていたこと」
「捨てられた母子家庭で、食べるものにも困るほどの貧乏だったこと」
「父は借金して、情婦を連れて出ていったこと」
「お金まで盗んでいったこと」
きっとどれもこれも弟や妹は知らなかったんじゃないかな。母の前でも、口には出さなかったこと、自分の胸にしまって、無理をして押さえこみ続けてきたこと。
だから、父が帰ってきたいま『止まれない』

『壊れてしまっている』。


どこの家庭にも、口に出すのが憚られることってある。私の実家にもあるもの。
お母さんはつらいだろうなあ、ずっとそんな鬱憤を封じて歯を食いしばって頑張ってきた長男の本心を知って。だからずっと泣きっぱなしなのかなあ。



◆兄弟の間柄

たぶん弟はいちばん兄の苦労を知っている。母の寂しさも、父の弱気も。そして自分は父の記憶がないからこそ、塵ひとつ受け取っていないからこそ、帰ってきた今、親孝行をしたいんだろう。それが兄にはわからない。

母の気持ち、父の気持ち、兄の気持ち、そして自分の気持ち。真ん中っ子はどれも選べずに押し黙る。そんな弟を、今まで育てた恩で屈服させようとした賢一郎は実はけっこう手酷いやり方だなあと。でもそれだけ追い詰められてるってことで、そうせずにはいられなかった賢一郎の気持ちもわかるようで。小さな居間が父の帰宅により嵐にさらされてて、痛ましかった。



◆父親への感情

私の年齢だとまだ、20年家も子も放っておいて、このお父さんはズルイと思ってしまう。今になってそんなこと言うなんて。それに、お金を持って返ってくるとかそういうことじゃないんだ、家族が求めてるのは。「父親」が帰ってくること、居てくれることなんだ。わかってんのかな、わかってないんだろうなどうせ、とせつなくなる。
そう思う私はまだ子の立場しか知らない。



◆家族とは

父、母、兄、弟、妹、それぞれの立場でそれぞれの思いと葛藤がある。
こうやってぶつかり合うまで、互いが本当はどう思っているのかは日常に隠されている。
それでも、全部は分かり合っていなくても一緒にいる、そういうのがきっと家族なんだ
とそんなことを考えた時間だった。



◆終盤になればなるほど

剛の熱演、あまりにも力が入って、すんごかったです。
特に父を引きとめようとする新二郎を罵倒するところ。「お前は誰の養育を受けたのじゃ!」の語尾が完全に泣き声。泣き叫ぶ子どものように悲痛な。胸がぎゅうっと締めつけられました。
父に対する怒りよりも、弟に対する激情をより色濃く感じた。
20年も自分が身を粉にして必死に守ってきた家族。自分という父があるのに、戻ってきた男をあっさりと父と認め養おうとする。それは一種の裏切りに思えたかもしれない。
ぽとっ、ぽとっ、と賢一郎が一言発するごとに汗が顎から伝ってねえ。耳も胸も、見る見る真っ赤に染まって。憐れで、孤独で、罵れば罵るほどどんどん独りになっていく、悪い方へ自分を追い詰めてしまうのにやめられない、その様に心臓が痛くなる。あかん、とまって、賢一郎、とキリキリする胸で祈らずにいられないほど。
でもそれでも家族だからさ、母も妹も、最後は兄さんを信じてくれるんだよな。
賢一郎が「行ってお父さん呼び返してこい」と父を受け入れた瞬間に、賢一郎自身もいろんなことに赦される、そんな感じがしてほっとした。



◆他の変更点といえば

「生みの親というのですか」と言うところ、序盤では父を初めて見上げて顔を合わせていただのだけれど、そこは見ないようになっていた。賢は正面を向いたまま、口元を歪ませてはっと嘲笑うのみ。
演目の間、賢一郎が父の顔を見るのは、新二郎に「不服があれば、その人と一緒に出て行くがええ」と抑えた声で告げたあと、そのまま目線を上げて新の後ろの宗太郎を見たときだけでした。そしてすぐに無言で、泣き顔で、目をそらす。
父の弱気な独白のあいだも、強張った肩がどんどん小さくなって、賢一郎がちちおやからこどもに戻っていく。

あと、「今のわしは自分で築き上げたわしじゃ!」のとこで襟元をつかまなくなった。
芝居がからないようにと意図して削った計算なのか、感情が高ぶりすぎて手が動かなかったのか、は不明。お気楽で「感情のおしくらまんじゅうみたいなものが場を支配して動けなくなる」と言っていたけど、うまいなあと思った。まさにそんな感じ。充分伝わってきたし。

とにかく賢一郎の泣き声、泣きっぷりに走っていって抱きしめたくなる。兄弟のやりとり・弟との絆にぐっときた。



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続いて【 屋上の狂人 】の感想。


一転して、今まで見た剛の中でいっちばん阿呆っこな役でした。ナギナに匹敵する。


正直萌え死ぬかと思った…

これは反則だよ…!!アハハウフフを地でいっていた。
偉いことに父帰るのときとは声の音階まで変えている。別人。奇妙な動きや、絶え間ない狂人的首の振り、片足不自由な演技を含め、いやもう文章では表現できない殺人的な可愛さ、いたいけさ。あっちへふらふら、こっちへふらふら、終始赤い唇が半開きなのにはほんとうに参った。期待していた「いややあ、いややあ」も物凄い破壊力で、しかも目に滲む涙を手の甲で擦るというオプション付き。


衣装、今度は白い着物。屋根上では裾をまくっていて下履きのズボン?(ステテコ?)が見えている、屋根から降りてきたときにおとうたんに着物の裾を直されるんだけどされるがままの幼児で密かに萌えでした。
そして裸足!白い腕、白い素足、髪はぐしゃぐしゃというかツンと立てている感じ。いやもう一見して可愛さ爆発。


原作を読んで勝手に想像していたのはお花畑で微笑んでる的な静かな狂人だったのだけど、それよりももっと元気でやんちゃでキッチュな神懸かりだった。24歳にしては幼くて、気が触れてても家族に愛されていて、まさしく聖性があって、目が離せなかった。
難癖をつけるなら、笑いながら空を「指差す」、その動作以外にも印象的な狂人表現のバリエーションがあると良かったかな。
屋根の上を、ぴょこんぴょこんと足を引きずりながら駆け回る、けっこう飛び移ったりもしてハラハラする。それはきっと義太郎の家族がハラハラするのと同じ気持ちだ。無茶する子どもを見る気持ち。
屋根から降りてきた義の額の汗をおかあたんが拭ってくれるんだけど、ライトが熱いせいか、それともやっぱり高所で気の触れた演技をするのは緊張するものなんだろうな、と考えると剛の頑張りに胸が熱くなる。


っていうか
可愛すぎ!!萌えた!って結局義太郎に関してはそこしか言うべきとこはないような気もします。あはは。


演目自体も、すごく「笑わせる」方向に定めた出だしで、だって幕が開く前にかかってるBGMがなぜか「とぼけたかおしてばばんばーん」だよ。これはもう笑えってことだよな。ばんばんばばばば・ばばばばーん。
とにかくウケてて、笑い声が大きかった。
屋根の上で義が調子に乗ったのか土俵入りのシコのような股を広げたポーズが途中で加わってました。アドリブだな剛(笑)。パンフでの「目立ちたい。やらかしたい」という言葉を体言してる模様。そして最終的には「どぅーん!」と変な唸りまで加わって、その後ぱっ!と両腕を広げたりして、可愛い様子で演出として採用されてました。


単純に笑わせる舞台としても達者な役者さんが多くて自然だった。そして小ネタ満載。義が登らなきゃいけないので設定上あまり高くできないセットに対し「屋根が低いわねえ」って自己ツッコミさせたりだとか、意味のない変な摺り足で給仕から引き上げたりだとか。剛の狂人にどうしても目がいってしまっているから、見逃してる笑いのツボもまだまだありそう。
荒削りな勢い任せな雰囲気もあって、熱かった舞台でした。だんだん整理されてくのかなあと。

高橋克実さんには見せ場が少なくて申し訳なくなるくらい。でもやたらとせくしーなご衣裳の隣人さんで、なんで胸んとこあんな赤かったんでしょうか?笑 あの衣装をむしろ剛に着せたい、というのは今回で一番くだらない感想です。



◆ビバ兄弟愛!!

基本私はアルエド鋼の錬金術師にも萌えないくらい兄弟萌属性のない人なんですが、そんな私でさえ、ラストで畳み掛けられるように示された二人の関係性には心の臓が痛くなるくらいの動悸が。ハアハア!
涙目で「あんな、あんな」「〜するんやあ」と自分がされた酷い仕打ちを舌っ足らずな口調で懸命に弟に訴えつつ寄っていく狂人の所作に転げまわりたくなり、そんな兄を引き寄せて自分の後ろに庇う弟のかっこいいナイトぶりに息を呑んで、たいへん楽しゅうございました。

勝地くんも、正義感溢れる品行方正な弟役、合ってました。本気で兄さんを愛している感じが出てて、偽善ぽくなく、そこがこの話の肝なのでお見事。
「屋根に登っては喜びどおしに喜んどるんやもの、こない幸せな人がおりますか。正気に戻ったら、24にもなってなんもできへん、経験もない、足はか○わやし、ほんまにそのほうが幸せやと思いますか」
と兄の現状をそんなふうに言い切るこの弟が、自分はどんな生活を送ってるのか凄く興味が沸きました。狂った兄を幸せと言い切るまでにどんな葛藤が、触合いと理解があったのか。

どこかの感想で、自閉のお子さんを持ったお母さんが大泣きだったというのを拝読した。そのままの状態で幸せなのを治してやりたいと思うのは親のエゴだと知りつつ、どうしようも止められない、この弟のように認めてやれたらと思うけど、と書かれていて、弟のまっすぐさと同時に、そういう親のやるせなさ・むずかしさをはらんだシーンなんだと気付く。


兄弟ふたり、余韻の残るラストもとっても良かったです。
素直な心根の兄弟を愛でて、兄弟と一緒に空を眺める心地で、ほんわかなった。



◆後半に入って

義太郎たん、だいぶ高い声が出なくなってきてました。父帰るの本気泣きのせいかもしれないし、終盤の疲れのせいかもしれない。カーッの声のとことか、あと梯子降りるとことかも体、辛そうだったなー。でも可愛さ・せつなさは相変わらず。

しかも、序盤よりも天空を見てにこにこするとこ、ほうけるとこ、目線が下りてきててちょうど客席を見よるんですよ! 前はもっと上見てたのに、自分のその顔がどんなにうちらの心臓を打ち抜くか、知り尽くしてるよ役者クサナギツヨシ。余裕が出てきて仕掛けてるんかなあ、それともますます役にトランスして客席見ても何ともないんかと思ったりもして、おそろしい。
っていうかドキドキすんだよ!その義たんの天衣無縫な笑顔でこっち見られると!
まさに「てのひらで客席を転がす男@Wぴあ」ですよ。土下座。

右前の長椅子から転げ落ちる例の場面なんか、地面を指差すふうでC・D列のライト席を凝視して笑ってみたり、もうあの近隣の席の人たち卒倒しそうやったと思う。ひゃあああって、お客さんが息を呑んで照れてる雰囲気伝わってきたもの…!


あと末次郎@勝地くんの演技が、少し子どもっぽくなってました。巫女に食ってかかる短気さはより若さを強調して勢いよく、父に兄さんを塔に入れたると夢を語るところはより無邪気に子どもらしい声音で。設定からして実は中学生だもんな、それにしてはええことを言う老成した感じだったからこういうのもアリかも。


勢いを増したおかげか、義が消えてからの裏庭のドタバタは一層テンポよく畳み掛けるような笑いのタイミングで、とっても面白かった。

みんなほんとに仲いいんだろーなー充実してんだなーというのが伝わってくるいい舞台だった。
とりあえず今はほわほわしてる義たんを思い出すだけでしあわせなきぶんになります。
金比羅さま天狗さま狐さま、あのこを地上に据え置いてくれてありがとう。
いつかそのときがきたら、笑ったまんま誰よりも高い天の上へ連れていってあげて、とそう思う。



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◆二本立てについて。


父帰るでギュウッと圧縮された心を、狂人でふわあっと解放してにこにこ笑わせてくれる。なんというすてきな流れとバランス、そして対比。静と動。屈託過多と屈託皆無。賢人と狂人。貧乏と金持ち。閉鎖された室内と開放的な空。変わる勇気と変わらない幸福。
対で演じられた演目の組合せの妙に救われました。