でかい月だな/水森サトリ ★★★★

でかい月だな

でかい月だな

ある満月の晩、友人の綾瀬涼平に崖から蹴り落とされ、13歳の沢村幸彦(ユキ)は右足に大ケガを負う。加害者の綾瀬をユキの家族は憎み、クラスメートは悪く言う、だがユキはどうしても綾瀬を憎めない。リハビリ後、ユキは1年遅れで中2に復学するが、誰にも見えない透明な魚の群れを見るようになる。邪眼をもつクラスメートの女の子・かごめ、孤立する天才少年・中川との交流を通じ、ユキは自分が本当は涼平と再会したがっていることに気づかされる………。

http://gendai.net/?m=view&g=book&c=R00&no=3482

第十九回小説すばる新人賞受賞作。お気に入りの読書サイト様で「新しい」と評されていて興味を持ったので読んでみた。おもしろかったあ。
主人公のユキ(沢村幸彦くん)がいいキャラなんだよねえ。心情がごく普通のテンションで、だけどリアルに描かれていて。途中で妙にファンタジー要素が入ってきたり、かごめの正体がやけにラノベ的だったりしてアレアレ?となる部分はあるものの、かなりの共感度。うまい。せつなくなるシーンがたくさんで、でも暗くないの、それは中川や、バスケ部仲間のヒカルや、気のいい新しいクラスメートのおかげで、すいすい読めちゃう。
ラストの綾瀬とのやっとの会合は見事に友情物語で特によかった。綾瀬はすごくユキを大事に思ってたかもしれないのに、ユキはこうならなければ特別綾瀬を意識することもなくて、忘れてって、その場のノリだけで付き合ってたかもしれないってこと。きれいごとだけじゃなくって、だからこそそこから先を決意したユキに変化と成長を感じる。
その本筋の友情物語もさることながら、今の時代の、「正しいことを強要する」「特別なものは許さない」、そういう閉塞感をこういうアプローチ(「優しさブーム」とか「キャラバンで同化する日」)で描いたのが新しかったんだと思う。すごく納得して、そのなかでもがくユキに共感して、ユキを手助けしてくれる中川を好きになる。ほんと、中川のキャラには痺れたし、中川とユキの会話、とにかくよかったなあ。これはモエですよ。孤高で凛としたインチキ科学者と、とにかくきれいな目の犬。そういう関係。

「なんか、オレって何やってんだろ。ここにはもう二度と甘えには来ないって決めたばかりだったのに。結局これだもんな」
「さびしいことを言うね」
 中川は相変わらず何も事情を聞いてこない。代わりに恨み言みたいな口調でぼやいた。
「君は餌ばかり美味そうに食うくせに、ちっとも心を許さない。そしてある日ふいっといなくなるんだ。小屋は空っぽで、ぼくは途方に暮れる」
 ピッチャーのアイスティーを氷の詰まったふたつのグラスに注ぎ入れ、ひとつをぼくの前にとん、と置く。
「中川。……その犬はきっとおまえに懐いたから出て行ったんだよ」

タイトルの「でかい月だな」もいいんだよね。このお話しのユキと綾瀬の関係、人と人との関係を象徴している。同じものを見ても、どんなに近い人同士、友達同士、同じことを思っているとは限らない。それでいい。
バスケが出てきたせいか、途中から脳内登場人物映像は、ぜんぶ井上雄彦せんせいの絵でした。ユキはでっかいんだろうな、とか思いながら、でも言動は可愛らしい部分もあるし、案外ちいさい可愛い子なんだろうか、とか。綾瀬はかんぺき流川ビジュです。中川は眼鏡でほっそりしたかんじ。
なかなかいい青春物語でした。

「綾瀬とさ。ああ、綾瀬ってオレを崖から蹴り落としたやつ」
 中川の瞳にわずかな緊張が走る。それを鎮めるようにグラスをゆっくりと口に運ぶ。ぼくもグラスで口を潤し、それから無意識に少し笑った。
「海に行ったんだ。あの日は綺麗な満月だった。帰り道、『でかい月だな』ってあいつは言ったよ。信じられるか? それが最後の言葉だったんだ。……そんでオレ。どうもあいつのこと許したいみたい。けど、もう会えない。……そんな感じ」
 ぼくの下手クソな辞世の言葉は、ちゃんとこいつに伝わっているんだろうか。