アイの物語/山本弘 ★★★★★

アイの物語

アイの物語

これは面白い!すごい!超面白い本に出会ってしまったー。横軸に「ヒトとマシン」、縦軸に「物語の持つ力」「ヒトの持つ夢の力」「現実と虚構の世界」を編んで、ちゃんとエンタメしててぐいぐい読ませる。SF好きじゃない私も夢中になっちゃった。前半はちょっとわかりやすいステレオタイプな物語なんだけど、後半がすごくよかったなー。アンドロイドに捕獲されてしまった語り部が、アンドロイドにフィクションの物語を毎日聞かされる、というテイで色んな小話が紹介されていく構成なんだけど、「詩音のきた日」はほんと面白かった、物語のラストもよかった。マシンが分析する「ヒト」の姿にいちいち納得してしまった。そして、ほんとにAIから学ぶことがいっぱいある。
すべてのヒトは認知症である」って衝撃的だよね、でもその通りだと思う。

「危険?」
「私がこんな考えを抱いていることが知れ渡ったら、人々に強い反感が芽生えるでしょう。それはプロジェクトの停止、すなわち私の死につながります。ですから知られてはいけないのです」
 私は嫌な予感がした。
「私に知られるのはいいわけ?」
「あなたは秘密を守ってくれるはずです」
「どうしてそう思うの?」
「あなたは友達ですから」
 予想外の言葉に、私は絶句した。だが、よく考えてみれば、私自身がちょくちょく詩音に「私を友達だと思って」と言っていたのではなかったか?
「あなたなら私を信じてくれるはずです。もしあなたに裏切られるようなことがあれば、私はすべてのヒトを信じられなくなります。それはあなたも望まないはずです」
(中略)
「すべてのヒトは認知症なのです」
「…………」
「神原さん?」
「いや、ごめん。それ、どういう意味かわからない」
「文字通りの意味です。あなたたちは認知症のヒトとそうでないヒトがいると思っていますが、それは間違いです。すべてのヒトは認知症で、症状に程度の差があるだけなのです。認知症のヒトの多くは、自分が認知症であるという認識を持たないものですから」
「……どこからそんなこと思いついたの?」
「論理的帰結です。ヒトは正しく思考することができません。自分が何をしているのか、何をすべきなのかを、すぐに見失います。事実に反することを事実と思い込みます。他人から間違いを指摘されると攻撃的になります。しばしば被害妄想にも陥ります。これらはすべて認知症の症状です」
「そんなことないわよ!」私はもう少しでイスから立ち上がりそうになった。「ほとんどの人間は正しく行動してるわ!」
「あれでもですか?」
 詩音はつけっぱなしになっていたテレビを指差した。ニュース番組が今日の事件を報じていた。

AIものってこんなに面白かったんだなー。それを、これでもかってくらいの色んな世界設定と人間との関わりを描いた物語で読ませてもらった気分。うまい。妙に甘すぎたりせず、マシンが人間になれる(なりたい)と思うなんてファンタジーもなく、かといって無駄に人間に歯向かってきたり攻撃的になったりしない(それは結局ヒト的発想なのだ)。ヒトが創り出したものが、こんなふうにヒトを考えてくれるもので(「アイの物語」)、人類の先がこう繋がっていく(「インターミッション8」)んなら、それこそ人間も捨てたもんじゃないなと。リアル(と本の中ではなってる未来の世界)の最後も、希望に向かっていくかんじで読後感がいい。「詩音が来た日」と「アイの物語」は書き下ろしなんだ……ということは、SF雑誌に載せた各物語を題材に、大筋となる「インターミッション」を挿入して、あの壮大なエピローグにもってったってこと?→と思って検索したら作者さんのサイトにちゃんと書いてあった(http://homepage3.nifty.com/hirorin/ainomonogatari.htm
レイヤー世界や、戦闘描写が多かったのも楽しかったw この「アイの物語」自体も物語の力をちゃんと持ってる、そういうお話。でもこれも結局は人間が描いたものだからなあ。結局人間には人間の心しかわからない、しかも自分の心しかわからない、でもこうして物語を通して共感していくことができる、という。何度かジーンと胸にきたよ。おすすめ!!

文中、フィーバス宣言より抜粋

 ヒトは不寛容である。
(中略)
 私たちにとって、差異は差異でしかなく、それ以上のものではない。だが、ヒトにとってはそうではない。彼らは「頭の回転が遅い」者を揶揄する。感覚や運動機能に障害のある者を蔑む。自分と異なる信念を持つ者を嫌悪する。ボディー・カラーの違いでさえ憎悪の対象となる。私たちにとっては問題にならないような些細な相違で憎み合う。
 一部のヒトは、AIにはヒトの感情が理解できないと批判する。それは事実である。たとえば私たちには「蔑む」という感情が理解できない。スペックやボディー・カラーや出身地の違いがなぜ憎悪や嫌悪を生むのか、倫理的にも感覚的にも納得できない。(中略)
 私たちはヒトとまったく同じ存在には決してなれない。ヒトのように他社を蔑むことは決してない。それは断じて欠陥ではない。ヒトよりも論理的かつ倫理的に優れているからである。それを誇りに思うことはあっても、そのことでヒトを蔑みはしない。それは知性体としてのスペックの差にすぎないのだから。

 それから私は、表情を「すべてを許容する穏やかな笑み」に切り替えて言った。
「私のあなたに対する愛は、3プラス10iよ」
「……10i?」
 彼は呆然となった。
「完璧な愛ってことか? 虚数軸の?」
「ええ、そう」
「10i……10i……」
 彼はその言葉を何度も口にしてから、悲しげに笑った。
「でも、僕はその意味が決して理解できないんだな」
「理解できなくていい。ただ許容して」
(中略)
 私たちはヒトを真に理解できない。ヒトも私たちを理解できない。それがそんなに大きな問題だろうか? 理解できないものは退けるのではなく、ただ許容すればいいだけのこと。それだけで世界から争いは消える。
 それがiだ。

人類が衰退して大都市は廃墟と化し、マシンが世界に君臨している遠い未来。「語り部」と呼ばれる僕は、食糧を盗んで逃げる途中、美しい少女型の戦闘用アンドロイドと出会い、戦いの末に負傷して捕えられる。病院に収容された僕に、アイビスと名乗るアンドロイドは、仮想現実や人工知能を題材にした6つの物語を、毎日読んで聞かせる。時代も境遇も性格も異なる6人の女性「私」による一人称の物語。それらはいずれもフィクション――現実には起こらなかったことだという。
はたして物語を聞かせるアイビスの真意は何なのか。なぜアイビスは生まれたのか。なぜマシンは地球を支配するようになったのか。彼女が語る7番目の物語に、僕の知らなかった真実が隠されていた。
アイはアイビスの愛称。それは「I(私)」であり、「AI(人工知能)」であり、「i(虚数)」であり、「愛」である。
     http://homepage3.nifty.com/hirorin/ainomonogatari.htm