美しいこと(上)/木原音瀬


 この男なら、大丈夫かもしれないとまた自信が湧いてきた。自分のことを好きで、こんなに好きで…だから…許してくれるかもしれない。
『私はよく「綺麗」だと人に言ってもらえます。あなたもやっぱり私の顔が気に入っているんでしょうか』
 自分でもしつこいと思いつつ、送った。
『僕は君を美しい人だと思います。だけどその姿形より、心に惹かれます。正しくて、強くて優しい心に惹かれます』
 松岡は届いたメールを、時間をかけてゆっくり、そして何度も読んだ。
『私もあなたが好きです。あなたは私がたとえ八十歳のおばあちゃんでも、小さな子供でも、あなたにつりあう人間でなくても、それでも愛してくれますか』

相変わらず木原さんを読むときには心の体力がいります。ドキドキする。デキる営業リーマン・松岡はストレス解消の趣味として女装して美しくなり、街に繰り出していた(ってこの時点ですごい設定)。あるとき困っているところを同じ会社の総務部の冴えない男・寛末に助けられ、とっさに口のきけないフリをしてしまう。寛末は女装した松岡=江藤葉子に恋をし、言い出せないまま会ううちに松岡も素朴で実直な寛末のことが徐々に気にかかるようになり………。というあらすじ。タイトルが「美しいこと」なだけあって、美しい女性としての外見だけじゃなく、内面=実は男である松岡自身を相手は愛してくれるのか、という葛藤の流れ。彼女の正体を知ったあとの寛末の反応は、だけど責められないような気もするよ…けど暴力はいくない…。異性愛者は前提の上にあぐらをかいてその先を深く突き詰めないことがままあるということで。松岡が素直でかわいく&せつなかったから読みやすかった。幸せになってくれるといいけどな…続きが気になるので(下)もすぐ読みまーす。

CDにもなってます。寛末が杉たん。うん、こういう役も合うよね。