声だけが耳に残る/山崎マキコ ★★★★

 

「いまも声だけが耳に残る。
 あの日、父親は母親をわたしの部屋まで追いかけてきて、わたしの見ている前で母親を殴り、そして力任せに顔を足で踏みつけた。
 あのときの母親の唸り声を、なんと例えたらいいのかわたしは知らない。内蔵から搾り出されたような、あの声だ。」

“閣下”による調教でごっつい前向きな気分になったわたし。風呂なしアパートひきこもり。バカだから騙されて会社をやめた。なにをする気もしなかった。だけどこのままじゃいかん。社会復帰の第一歩だっ!便利屋本舗でバイトをはじめ、とある会合に出かけた。そこで知った驚愕の事実。わたしの無気力には理由があり、ACという名前がついていた。ACって電源アダプタか?電波系ってことか?よーわからんが、わたしは治りたい。そう思って参加したミーティングで、わたしは出会った。わたしと同じ傷を負った男の子。この世の果てで、ふたりぼっちだ。けれど生きよう、生きねば、生きるのだ。金と社会と心の傷と戦うわたしの物語。

今までのと同じくコミカルな文体なのに、内容がどんどん重くシュールになっていくという。びっくり。綾瀬女子高生事件や池田小事件や山月記まで引用して主人公・椎貝加奈子の自分でも把握してなかった心情・真意を浮かび上がらせていく。最後で主人公が自分も虎だったとちゃんと気付けたとこはよかった。小さな一歩だけど、それを知っていると知らないでいるのでは全然違うと思うから。ACだった主人公がそこに辿り着くまでの物語。とにかくこの人の本は主人公の性格が面白いので読んじゃいます。

「あ、俺もそれ、考えたことがある。多いよ、このグループにも。マゾヒスト」
「そうなのか。やっぱりねえ。なんか関係はあるような気はしていたんだよ」
「なんでだと思う?」
「うーん。……克服したいのかな?いまちょっと思ったんだけどね。暴力を、克服したい。違うかな」
「近い線いってるかもしんない。俺の考えはね、苦痛を快感と思わないと、生きていけなかったからかなって感じ。椎貝って面白いね」
「そう?」
「うん、面白い。友達になってよ」

そして荻原の残虐性のなかに、血と暴虐に生きた父を見た。家庭という狭い密室のなかで残虐性を思う存分発揮して、君臨していた父を見た。だから父の変わりに荻原を罰したのだ、自分の手を汚して。これが悪意の拡散以外の、何者であるだろうか。わたしだって、虎になったのだ!
(わたしも虎だよ、ケイちゃん)
(このままいけば、荻原のような男にぶつかるたびに、わたしの悪意は鎌首をもたげるだろう。そして幾度も同じような事を繰り返す。だってわたしの恨みも憎しみも、いまも消えない。ここにある。いつでも虎になれる自分がいるのを知っている)
(わたしはジェルソミーナではなかった)
(逆だった。わたしは粗暴な男のほうだったのだ)
 震えながら手紙を手にすすり泣いた。
(ケイちゃん、ケイちゃん)
 心のなかで語りかけた。
(わたしたちは、虎だ。人間じゃない)
(わたしたちはどうやったら救われる?)

<中略>

 シメオンさんの声がよみがえった。
(ですからね、ジョンさん。自分がACだと思うことにはとても危険な面がありますよ。たとえば、その最たるものが、宅間被告でしょう)