嵐が丘/若木未生

再読、グラスハート4作目。今回はマネージャー甲斐さんとの不穏ないきさつと、朱音がオーヴァークロームのドラムに出張するのと、ちょっと桐哉と先生の間で取り合いっぽくなって、最後は初のテレビ生出演生演奏@苦難つき まで。面白かったー。もう全編ピリピリしてるし、それでいて熱いモンがあるし、色んな隠されてたものが見えてきたりしてるので楽しい。朱音を一瞬桐哉にもってかれて、けどそのあと触れもしてないとことかにも先生のずるいとこが描かれてたんだーと今なら思う。この時点では坂本がまったく相手にされてなくて(どころか候補にも上がってなくて)ワロタ。不憫なやつ。あと初めて尚がかっこいいなって思ったり。演奏のシーンとか、すごくうまく描かれてると思うー伝わってくるし。やっぱ好きだなあこのシリーズ。
あとがきで藤谷先生のモデルはいるんですか?ってよく聞かれるって書かれてて、読者意見では小室先生と小沢健二くんが多かったみたい。私も小室先生はちょっと思ってたし。実際はモデルはいないそうです。

「あんた音楽で藤谷に勝てる人間がどれほどいると思ってんの?」
 ざっくり突っこむみたいに、尚が急に厳しい声、出した。
「勝てやしねえから横から足ひっかけて倒そうとするんだろ、それっきゃできない奴らのほうが多いんだよ世の中には。あんたが考えてるより何倍もそうだよ」
「音楽ってそんなもんなんだ?!」
「そうだよ。あんたが雲の上から見下ろして、もっと正々堂々と音楽でやれって言ったとこで、そんな不利な勝負する人間がそうそういるはずないだろ。それはおまえが傲慢なんだよ。(中略)藤谷がそれで淋しけりゃ、負けても潰れても馬鹿正直に音楽だけであんたにつっかかっていく人間、選んで周りに置いとくっきゃないんだよ。だから俺があんたに呼ばれたんだろ、違うの?」
「………」
 なんだか、思いもよらない、意外なこと聞いたって顔で藤谷さんが今度は尚をまともにふりむいてた。
「……僕は、高岡君に呼んでもらったと思ったんだけど」
「…………。別に、俺も責任のがれはしないけど、あんたもそうだよ」
「じゃあ、俺は偉かったんだ」
 ほとんどひとりごとで、下向いて考えながら藤谷さんが小さく呟いた。
「朱音ちゃんのことも坂本君のことも、ちゃんと選んでるんだから偉いよね」
「少なくともそいつらが『井鷺』になることはないよ。あんた充分わかってるだろうけど。俺はあの男のキモチなどわからんでもないよ、でも俺も井鷺と同じ道は歩まんでしょう。俺は藤谷がいなくても──ギターは弾くから」
「うん」
「将来的に、いずれ、俺があんたに切られたとしてもね」
「うん」
「クズにはならないから」
「うん。わかってる。多分」
 火が燃えすすんでいって煙草のかたちに、白い灰になっていってる、それを喫わないまんまで、零れそうなのを指の間でじっと止めて。
 簡単な約束みたいに尚が言った。
(ずっと一緒にいるよってんじゃない)
 永久に、終わるときとか絶対ないよってんじゃなかった。
 一生とか。
 そういうんじゃなかった。
(なんでそんなキツイこと今から考えてんだろ)