レディ・ジョーカー 上・下/高村薫 ★★★☆

 

そういえば最近カタイ本を読んでないなあということで、どうせならマイ腐読リスト(!)にずっと載ってたこれを。いやー重苦しかった&面白かった。
レディ・ジョーカー」を名乗る犯人たちが結託し、日之出ビールの社長を誘拐し、350万キロリットルのビールを人質に金を要求するが、実はその動機はそれぞれに行き詰った人生の鬱屈からだった…。という大筋ながら、犯人側の5人、日之出ビールの社長と副社長二人を中心にした内部事情、のみならず、捜査する警察、取材する新聞社、日之出ビールにつきまとう総会屋と政治家、金融グループに及ぶまでの広範囲の闇を描いた長編です。一冊読むのに5時間はかかったのでほぼ半日仕事(実際には二日かけたけど)ですよー疲れたよー。それでもなかなか途中で読みやめることができないくらいに面白かったです。村上春樹エルサレム賞受賞スピーチを思わせる、「組織」や「システム」の話。その中に組み込まれ、あがき、失望し、時には醜く立ち回る組織人たち。または弾き出され、搾取され続けた側の人たち。日之出ビールと警察でそれぞれ自殺者が出るんですが、属する組織への責任やその中で追い詰められたために死する気持ちが、私には正直なところ理解しきれない部分もあります。でも企業って、会社ってこういうとこあるよなあと実感できる部分もあります。
物井爺さんと城山社長と合田刑事については細かく書かれていて響いてくるものがありましたが、これだけの分厚い本であっても登場したすべての人たちを語るには足りないと感じてしまうような設定と搭乗人物の濃さ。もっとこの人の心情が読みたかったなーと思ったのは、副社長コンビ白井&倉田、合田の義兄で地検の加納、ずっと暗躍していた仕手筋の男たち、ですかね。倉田の涙には城山じゃないけどキュンときましたし。
ラストが、物井爺さんとヨウちゃんとレディの、静かな生活で締められてたのもうまいなあと思いました。結局事件は何も気持ちのいい終りを迎えたわけではない汚い世の中だけど、その3人の生活が守られたことと、合田と加納の愛が通じ合ったのだけが良かったなあと思ったです。
合田刑事が出てるらしい「マークスの山」と「照柿」も読んでみようかな。この役、つよしに合うかもなーと思ったけど、ほんとは関西弁なんだよね?


↓以下は腐目線ー







とりあえず合田はモテすぎ。中盤以降での合田←→半田の執着ぶりにウワーイ!となり(ヴァイオリン弾いてるとこを見た半田の描写に、これは惚れたな、と思ったw)。終盤の病院での加納と合田のあまりに直接的に表面化したまさかのやり取りにキャホーイ!と小躍りしました。すいません。そもそも義理の兄弟(加納の双子の妹と合田が結婚していた…ん?もう離婚してんだから義理の兄弟でさえなくね?)で18年の付合い、というのもたまんないです。合田自身だってヴァイオリンの野外練習で人影を見るたびに「義兄かな?」って思いすぎだし、合鍵を持ってるらしい加納は勝手に合田の家に入って帰りを待ちつつシャツにアイロンかけてるし!そりゃあやしいよ!新聞記者さんに「加納は合田に<ほ>の字らしい。」って地の文で書かれるよ!弱ったときに互いを訪ねるくだりでこれは…!と更にどぎまぎしましたが、でもまさかあそこまではっきりと二人の関係や想いが最後に描かれるとは思ってなかったので驚愕でした。まあ、刺されたときに相手の下の名前を呼んじゃったらもうだめだよね…。いやあ、これっくらい抑制の効いた硬質な文章でのホモはいいです!(でもこんなけ重厚なのいつも読んでたら死んじゃう)また合田が本心を打ち明けてる相手が司祭だってのもいいし、合田が加納に宛てた手紙も熱烈でいいし。

「さあ、食おう!」という義兄の声で我に返ると、ものの五分ほどで、香ばしい湯気の立つジャガイモのソテーが、大皿に盛り上がっていた。即座に「いただきます!」という声が出、手が出た。
「飢えてたのか」と義兄は笑い、「飢えてた」と応えて合田も笑った。

「約束があるんだろう。だったら、行った方がいい」
合田は思ったまま、そう言ったが返事はなかった。なぜか突然、自分の中で爆発するものがあるのを感じながら、合田は「行け」と繰り返した。「もし一緒にプレーする相手が上司だったら、なおさら行け。裏切られて、取り乱して、頭を垂れてしまったら、あんたの負けだぞ。素知らぬ顔で、ゴルフくらい付き合ってやれ」
「今日だけはいやだ」
「あんた、負けたいのか。今日ゴルフに行かなかったら、あんたは今後の地歩を失う。組織はそういうものだって、あんたが俺に言ったんだ。いつか落とし前をつける気があるんなら、今日のところはゴルフに行け! 這ってでも行け!」
 合田は自分でも気づかないうちに、義兄を引きずり立たせて、声を殺して怒鳴っていた。(中略)この義兄には出世してほしい、いや、永遠に自分の精神的な拠りどころであってほしい、頼れる存在でいてほしい、この自分に弱みを見せないでほしいと、常に心の中で要求してきた、そうしたエゴが、思えば義兄に対する十八年の自分の思いの大半を占めていたのだということに、一方では思い至ると、合田はだめ押しの深い困惑を味わった。(中略)
「俺のために、行ってほしい」

(中略)義兄は何時間も泣いていたに違いなかったが、その泣きはらした目に浮かんでいたのは、義弟の命が助かったという歓喜ではなかった。それどころか、合田が今まで一度も見たことのない強烈な怒りに歪み、なおも収まらない怒りが次々に吹き出してきているように見えた。そして義兄はその目で合田を見つめると、「君は俺を何だと思っていたのだ。俺を置いて死ぬ気だったのか」という言葉を残し、行ってしまったのだ。そのとき合田は、いくつかの動揺と驚愕に襲われたが、それもこれも言葉を失うような経験だった。
「義兄は、私の心のありようをいつも見抜いていたので、私が自らを潰すような形の暴挙に出たことを、よく分かっていたのだと思います。だから、身近な人間として深く傷ついたのですが……。(中略)何カ月か前、彼は突然私に、君は俺を聖人だと思っていたのかと言いました。その意味をずっと考え続けていたのですが、そのとき、もろに分かったと思いました。……うまく言えないのですが、彼は十八年間、私を友人以上の感情で見てきたのかもしれません」

合田×加納なのか加納×合田なのか世情を調べようと思って検索してたら(私はどっちかっていうと加納×合田かなー)、こちら→ttp://www.ne.jp/asahi/cozie/menu/quote/takamura6sp.htm のツッコミが面白すぎて吹きました。
こちらの年表も凄いです→ ttp://donguri.sakura.ne.jp/~shell/godaholic/kenkyu/history/goda-kanou.html